ショーロ・クラブ@マンハッタン by 笹子
2003年08月09日(土) 14時01分
だいたいマトモに行った試しがない最近の海外遠征だが、今日も成田で大トラブル発生。何とコントラバスの搭載を拒否されてしまった・・・。長〜い交渉の後、あきらめてベースはそれぞれの土地でレンタルすることにして、出発。っと思ったら、沢田さんの譜面は残していったベースのケースの中に・・。結局ベースも譜面も無いまま、機上のヒトとなったのでした。時差は13時間(日本時間−13時間)で、8日夕方に出て同じ8日の夕方に到着。
さっそく恒例の「何を食う」騒ぎの末、アメリカならではの「ご無体食体験」ツアーと銘打ち、かの好戦大統領も出没すると言われる「カーネギー・デリ」へ。オトナの握り拳を一回りおおきくした程の肉の挟まったサンドウィッチを爆食。取り敢えず引き分けにまで持ち込む。
夜11時に、アンサリーさんを迎えにケネディ空港へ。アンサリーさん、いつもと変わらず元気そう。時間が余ったら他にもなんか録ろうよ、との不穏発言も出ているのだが・・。
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ショーロ・クラブ@マンハッタン2 by 笹子
2003年08月10日(日) 11時10分
昼からスタジオ入り。今回は2日間スタジオを取っていて、録る曲は1曲だけ、という、ショーロ・クラブには珍しいルーズなスケジュールなのだが、案の定、2テイク目で既にOKテイクが出てしまった。その後も何度かトライしたが、結局2テイク目に決定。明日は、細かい作業を中心にやろう、ということで、夕方にUP 。
ホテルはセントラルパークのすぐ近くでカーネギーホールの横、という立地の場所で、暗くなるまでをアンさん達とセントラルパークを散歩して過ごす。
夜は、普段音楽をやるときの十倍程の時間をかけて議論を重ねた末、インド料理に決定。特に何事も無く、引き分け解散。
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にゅうよくの日々 by アンサリー
2003年08月11日(月) 03時50分
はじめまして、アンサリーさんです。ショーロクラブのレコーディングに一曲参加させていただけることになり、笹子さんのメローディーに英詞を付けることにチャレンジしました。できた詞をひっさげてやってきました、ニューヨーク。JKF空港に迎えに来てくださった笹子さんとナミダの再会。「おとうさあ〜ん!!」と駆け寄りたい気持ちをグッと抑えました。ショーロクラブのステキなおじさま、失礼、お兄さま方とマンハッタンを闊歩し、うまいものも食い、満喫しております。もちろん、レコーディングの方も、こりゃまた世に名曲を生み出してしまいましたね、あんたがた!!というカンジです。
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治安がいい by ジョルジュ
2003年08月11日(月) 04時04分
まず訂正です、譜面は、空港の荷物チェックカウンターを逆行して取りに行きました、だからあります。
10年ぶりのニューヨークは治安がいい
こんなことでいいのかなー、っと思った今日この頃です
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初老倶楽部@じゃずの都 by OH次郎
2003年08月11日(月) 04時14分
昨晩、日頃からジャズ大好き宣言をしているS子さんが、念願叶って本場のジャズを聴きに行きました。(でも、眠いのでやっぱりやめましたとさ)。おしまい・・・。
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ショーロ・クラブ@マンハッタン3 by 笹子
2003年08月11日(月) 13時06分
今日は、アンさんのコーラス入れ中心の作業。「もう出来たも同然」状態だったので、ノンビリやってしまったら、結構時間を食ってしまって、ウワサの"もう1曲"は出ませんでした。ごめんなさい。昼はスペイン料理の出前を取ったのだが、これが思わぬ伏兵で、完全に「負け戦」となってしまい、大量に残してしまった。よって、夜も殆ど食う気になれず、近くの軽食屋で軽いものを食しつつ、ささやかに打ち上げ。沢田穣治の若かりし頃の思い出話しを拝聴しつつ、ニューヨークの最後の夜を過ごしてしまったのであった。
しかし、今回の曲、「世に名曲を生み出し」たかどうかはともかく、なかなかのモノに仕上がりましたぜ。曲名は「piece of the feather」ということに、飲みながら決定。それはイイんだけど、アンさん、「おとうさん」だけは止めてよ、ねえ。
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ちょちょぎれます by アンサリー
2003年08月12日(火) 13時00分
笹子さん、沢田さん、秋岡さん、今頃飛行機の中ですね。わたしゃみなさんと離れてさみしいくて涙ちょちょぎれてます。ついていきたかった!ブラジルでも何食べるかの議論するんでしょうね。かわいいおっちゃんらめ〜。打ち上げではいろんなふか〜いお話を聞いて、人生勉強になりました。もっともっとゆっくりたっぷりお話したかったですが、また今度ご一緒させてください!楽しい二日間をどうもありがとうございました。心から熱い〜接吻をあなた方へ・・・・。
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ショーロ・クラブ@マンハッタン4 by 笹子
2003年08月12日(火) 23時14分
本日は、ブラジル便が夜の出発で、日中いっぱいoff。なので、知性的で教養のあるゲイジツカの「お兄さん」である我々は、メトロポリタン美術館に行くことに決定、セントラルパークをユルユルと迷いつつ散歩しながら目的地に到着してみると、何と休館日。やむなくセントラルパークを挟んでちょうど反対側にある自然史博物館へ。
やたら展示物の多い博物館だったけど、展示物より客で来ている人々を見てる方がおもしろかった。ホントに世界中から来ているカンジ。さすが「ニューヨーク」でした。というワケで我々の"初"ニューヨーク・シリーズは「勝ち」で終わりました。じゃ、アンさん、またね。と言っているウチに、サンパウロに到着。
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ショーロ・クラブ@サンパウロ by 笹子
2003年08月13日(水) 20時23分
サンパウロに昨日朝10時過ぎに到着。ともかく寒い!つい先日は最低気温が7度まで落ちたとかで、昨日も朝は13度くりだったとか。今回の「ニライカナイ」コンサートはサンパウロの邦字新聞「ニッケイ新聞」の主催とあって、宿泊先も日系のホテル。フロントは日本語、テレビをつけるとNHK-BS、と、普段のブラジルツアーとは全然趣が違って、ちょっとズッコケ。さっそくニッケイ新聞の皆さんに日本食屋さんに案内していただく。ささやかな抵抗として、「ピラルクの焼き魚定食」を注文。鱈に似た味で、大変美味でした。
夜も引き続きニッケイ新聞のT氏のご招待でシュハスカリアへ。肉を爆食。その後、友人夫妻にライブに連れていってもらう。ピシンガというベーシストのグループのライブだったのだが、日本では無名だがライブハウスのスタッフは「ブラジル最高のベーシストの一人」と。聴いてみると、チョッパーブリブリ系からジャズまで、なかなかの実力者であった。「日本のブルーノートとかでウケそうやな」と沢田穣治と話す。
あ、大事なことを忘れていた。昼過ぎ、沢田穣治はリベルダージにて女子大生にナンパされました!!電話番号を貰ったとか。
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・・・ by A岡さん
2003年08月13日(水) 21時45分
アンさん、ほんまにお疲れさんでした!知性溢れるおにいさんたちをこれからもよろしくであります。・・・因みに、リベルダーヂ日本人街初心者の沢田穣治は、せっかく一緒に(イヤイヤ)散歩してやったのに、途中でヘラヘラと居なくなりやがりました、とさ。
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おっとっと by ジョルジュ
2003年08月13日(水) 21時53分
まー好き放題かきやがって、
人がちょっと声をかけられたと言って騒ぎやがって、悔しかったら、声をかけられてみなさい、、、
昨晩ピシンガとゆうブラジルでは一番のベーシストのライブを見にいきました、、、。なんせチョーッパーの嵐、、、。終わりです。
アンさんお疲れでした、、、また一緒に騒ぎましょう、、。
とゆうことで、サンパウロ通信でした
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ショーロ・クラブ@サンパウロ2 by 笹子
2003年08月14日(木) 22時58分
昨日は、沢田穣治のたっての希望で、アイルトン・セナの墓参りにモルンビー墓地を訪ねた。ブラジルのお墓といえば、ミケランジェロの彫刻のバッタもんのようなオブジェが立ち並んでいるのが常なのだが、ここの墓地はレンガを一回り大きくしたくらいのプレートの墓碑のみ、という、あまりにも簡素なスタイル。セナの墓は芝生の上に点在するそんな墓碑のひとつとして、想像以上につつましやかに存在していた。とはいえ、花やブラジル国旗に飾れれ、他の墓碑に比べれば、それなりに目立ってはいたけれど。
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セナ by ジョルジュ
2003年08月14日(木) 23時07分
セナの墓は想像してたのとは違い、なんと
質素のひとことです、でもなんか、生前華やかにみえたセナの本質が、ここに凝縮してる、感じに思えました。
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ショーロ・クラブ@サンパウロ3 by 笹子
2003年08月16日(土) 00時09分
昨日、平良とみさん&大島さん御一行ホテルに到着。夜は歓迎レセプションが、中華料理屋にて。これで文字通り「役者出揃い」状態。あとは本日のリハ、明日と明後日の本番を待つだけとなりました。
それにしても、とみさんを始めめとする「老人部隊」の元気なこと・・。イイカゲン旅疲れのショーロ・クラブと時差ボケでぼーっとしている大島さんを尻目に、ピンシャンとして、リオに遊びに行く相談なんぞされております。
こっちは、何せ日本語・和食・NHK状態で、緊張感の無いことおびただしく、ちょっとここらでカツを入れねば、日本に戻ったとたんブラジルに居たことを忘れてしまうかも。
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ショーロ・クラブ@サンパウロ4 by 笹子
2003年08月18日(月) 19時46分
昨日一昨日と、サンパウロでの公演を無事終えました。今回は「日系人社会」という、今までショーロ・クラブが関わってきたブラジル社会とは全く異質な場所での活動ということで、とまどうことも多かったですが、まずはホっとした、というところです。お客さんも、こちらに渡ってきて長年苦労をされた一世の方々が中心。いつものブラジル公演でのお客さんとは全然違って、ある意味、日本のどこかの地方都市の公民館のイベントに間違って呼ばれてしまったような難しさも・・(汗)。ともあれ、両日とも、最後はとみさん、大島さんとともにカチャーシー大会でおおいに盛り上がって終わりました。
大島さんと言えば、昨日の朝、NHK-海外BSの番組を見ていると、いきなり大島さんのお父さんの顔がどーんと出てきた。お父さんの所属しているグループ「白百合クラブ」のドキュメンタリー番組を、ちょうど朝食前くらいの時間にやっていたもので、「何でブラジルで、家族や近所のおじちゃんおばちゃんの顔をテレビで見なあかんの」と、ずっこけてた。
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ショーロ・クラブ@サンパウロ5 by 笹子
2003年08月18日(月) 19時47分
コンサートが終わって、「昔のうちなーぐち」飛び交う打ち上げ会場からの途中逃亡を果たし、パウリーニョ・ダ・ヴィオラのドキュメンタリー映画を見に行きました。
もう涙ちょちょ切れモンでしたよ・・。いきなりエポカ・ヂ・オウロ(with ヂノ)とパウリーニョのセッションから始まって、エルトン・メデイロスとのデュオ、ヴェリャ・グァルダ・ダ・ポルテーラとのパゴージ、ハファエルとの演奏、ピシンギーニャ、ゼッカ・パゴジーニョとネルソン・サルジェントと3人でパゴージ・・。圧巻は、マリーザ・モンチとパウリーニョのデュオによる「カリニョーゾ」。
もちろん音楽だけでなく、プライベートな生活や家族のコメント等も盛りだくさん。凝り性の彼の素顔が浮き彫りにされていく、という、見応えたっぷりの作品でした。
ああ、日本には入ってこないだろうなぁ、誰も見れないだろうなぁ、なんちて。
我々は、流石にニューヨーク以来の疲れがドっと出てきたカンジ。胃袋の方も、一昨日はエスピリトサント料理、その前はミナス料理と連日の贅沢三昧で、パンク寸前。と言いながら、今日の「最後の昼食」は、ツアー全員でシュハスカリアに行く予定。そのあとは30時間近い「空の旅」が・・。
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ショーロ・クラブ@成田 by 笹子
2003年08月20日(水) 15時25分
どうやら無事成田に到着しました。
ホテルを出る前、シュハスカリアで出来上がってしまった大島さんが、ホテルに戻って時間待ちをしている間に三線を出してきて、結局ホテルのバーで大宴会が始まってしまった。所謂「沖縄宴会」ですね。メンバーの中にはとみさんご夫妻等、本格的芸人もいるワケだから、もう歌って踊って、の大盛り上がり。いよいよもって、ここはどこだろう?の世界です。
その時ショーロ・クラブのメンバーはといえば、笹子はかろうじて「末席」に居たけど、沢田はホテルのロビーのソファーで、アタマ痛い・・、と言って寝てるし。秋岡はボーゼンとソファーに座ってた。
いよいよイッてしまって眉が「八の字」になった大島さん、無理矢理秋岡も引っ張り出し、DUOの演奏を強要。最後は「真砂の砂」を3人でやって、まだ止まらないのを無理矢理車に押し込み、ホテル出発予定時間を1時間半もオーバーしたところでやっと「お開き」。
それから約31時間経った先ほど、成田の通路を歩きながら、「あの大騒ぎはいつのことだったんですかね・・・」と、虚ろな目でつぶやく大島さんを成田に残し(彼はまだ伊丹までのフライトが残っている)、我々3人も、三々五々、帰途についたのであります。おしまい。
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初老倶楽部×1/3@東京 by O
2003年08月20日(水) 16時56分
・・・やっと着いたぁ・・・、とさ。
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