ショーロクラブ、ブラジルレコーディング日録(2001春)
* by 笹子 at 3月5日11時38分 「ブラジルに居るぞ」
どうやら全員無事に生存しております。
まだレコーディングは始まらないので、ひたすら食っちゃ寝の毎日です。
昨日はメンバー3人でマウリシオ・カヒーリョの家に遊びに行きました。
彼は今5月半ばまでに15枚のCDのレコーディングをしなければならず、 約百数十曲のアレンジを3月いっぱいで仕上げねばならないという状況で パニック状態だったのですが、我々はおかまいなく押し掛け、飲みちらし 食いちらしつつ帰ってきました。
ニュース:バランサのアベがイパネマの海岸でパスポートをすられた。
<解説>今回の空の旅は前回のような遅れもなく、昼前にはちゃんとホテルに到着し ておりました(3/3到着)。午後に遅い昼食を海岸沿いのシーフード・レストランで とったのですが、美味なるも余りの量の多さに全員ダウン。この時はまだ気付いてい なかったのですが、この昼食こそ今回の旅の焦点が「食」にあることを暗示するもの だったのです。
[3/5, 初日の昼食以来、既に「胃袋勝ち組」と「胃袋負け組」とに分裂した一行、大ショッピングセンター「バハ・ショッピング」内で、何を喰うかでついに決裂、沢 田とソニーM氏は我々が止めるのも聞かず「必勝」と書いたハチマキをしめたブラジ ル人のオニイチャンが寿司をにぎっている日本食スタンドに突入、泣きながら出てき た。何でも寿司が「甘酢」で握ってあった由。
夜、ホテルで吉田和雄さんとバッタリ。到着当日からのレコーディングとのことで、 ショーロクラブのように着いて何日もウダウダできるのは「大名」であるとの御指 摘。そういえば次の週からリオでレコーディングする宮沢和史さんもスタジオの安い 夕方から深夜時間でのレコーディングとか。ううむ、勝った、とつぶやいてはみたも のの、諸行無常、明日のことはわからない、来年あたりは「足軽」かも、と、ネガテ ィブな方向に想像がすすんだので、早めに就寝。]
* by 笹子 at 3月7日17時53分 「速報!レコーディング初日」
今日は、ショーロクラブ3人だけによる曲3曲と、できればジャキスと4人で や る曲を1曲録れればいいね、という計画だったのですが、何と、次から次へ と 「ファーストテイクOK」状態で、昼食前に既に3曲とれてしまったので、急 遽予 定変更、近くのスタジオでパウリーニョ・モスカのレコーディングをして いたス ザーノをむりやり呼び出し、1曲録音。更にジャキスとのセッションも あっと言 うまに終わり、 気がつけば、1日5曲録れてしまっていました。
どうも我々、年をとって、瞬発力が増したようです。
そのかわり持久力は落ちたような・・・って、いったい何の話だ?
<解説>大体当バンドのレコーディングは、十分演奏を練ってからスタジオに入るこ とにしているので、それを知らないジャキスの予想を越えた早さで進むことは予想で きたのですが、前評判として「ジャキスは時間をかける」というのがあったので、こ ちらも初めはおっかなびっくり。結果的に余りに早く事が進んでしまったので、「明 日は少しゆっくりやろう」と、自主的にブレーキをかける程でした。
ちなみに今回のエンジニアはマルセロ・サボヤさん。カエターノを始めとする多くの レコーディングで活躍しているバリバリのヒトです。特にジャキスとのコンビネーシ ョンが抜群、メンバーも安心しきって「全ておまかせ」状態でした。
by OH at 3月8日14時20分 「暑い!寒い!!」
もう季節は秋、のはずなのにクソ暑いリオ・・・。でも、スタジオはオニのよ う に寒い!!!体壊さんように頑張ってますが、最年長のジョルジュ氏はそろ そろ 壊れかかってます・・・。
といっても、まあなんやかんやでリタイアだけは無いとおもいますが。
ね、ジョルジュさん!?
** by 笹子 at 3月8日20時40分速報!「レコーディング2日目」
まずは、、沢田のちょっと長い構成の曲を3パートに分けて録音。第二パート で は、今回初のスザーノとジャキスを加えた内容でしたが、もう前回でコンビ ネー ションもできているので、すぐにOKテイクがでました。次にスザーノと ショー ロクラブで、秋岡作品を1曲。これもすぐに終わり。昼食後に再びスザ ーノと ジャキスを交えて笹子作品を。3曲とも、メンバーの納得度の高い、ハ イレベル のセッションになりました。
スザーノが買ってきたエロ雑誌を皆でひとしきり鑑賞してから、(今回、一行 に 女性がいないせいか、どうも品がない)明後日にとる予定の曲をリハーサル し て、5時に終了。これで早くも8曲!
病人
笹子重治 症状:胃痛 原因:過食
沢田穣治 症状:足のしびれ 原因:老衰
<解説>今回もレコーディングの時間割りは、朝9時始まりの6時終わり。日本では 考えられぬ勤勉さで、過ごします。当然7時前には起床。レストランに降りていく と、メンバーは既に朝食の真っ最中です。しっかり食べてスタジオに行き、1時頃に は昼食のケータリングが届きます。これが典型的なブラジル風家庭料理的昼食で、ゴ ハンにフェジョン、肉が一品に野菜サラダ、それに爆裂に甘いデザートが付きます。 好きなもんにとっては全て大変美味なのですが、本来ダメなヒトにとってはこれが全 然ダメらしい。「勝ち組」にとっては、いかに食べ過ぎないようにするかに大変苦労 させられる料理なんだけど。で、夕方レコーディングが終わっていっぺん休んでか ら、8時頃から夕食を食べに出ます。これでまた爆裂的ブラジル料理を爆食し、デザ ートまできっちりとって、すみやかに就寝するのですから、流石に体がヘンになって きます。後から思えば、この日あたりがひとつのヤマだったかも。このヤマを越した 者はいくら食べてもオッケーになり、越せなかった者は「うどん・・」とか、つぶや き始めるのです。
* by MARCOS SUZANO at 3月8日14時27分
o choro club eh o clube do som!!!!
Eh muito bom tocar e ouvir voces!!!
fico feliz em participar e poder tocar pra voces ai no
japao,espero ve-los este ano
マルコス・スザーノ
「ショーロ・クラブは<音楽のクラブ>だぜ!!
一緒に演奏し、その音楽を聴くのはサイコーだぜ!!
今回も参加できて、また、
日本のファンのために一緒に演奏できて、とってもハッピーだ。
日本のみんな、今年も会おう。」(訳:velo-3)
* by Jaques Morelenbaum at 3月8日14時32分
Que prazer voltar a trabalhar com o Choro Club!
No Brasiliana foi uma maravilhosa surpresa conhecer este talento
enorme desses musicos, e uma grande alegria perceber a irmandade
musical que existe entre o Brasil e o Japao! Fiquei com saudades
desse som e agora fico muito satisfeito de fazer musica com eles
novamente.
Um grande abraco aos fans do Choro Club!
ジャキス・モレレンバウン
「再びショーロクラブと仕事が出来て非常に嬉しく思います。
BRASILIANAを通じて、この膨大な才能の持ち主たちと知り合えたことは、大変な驚きでした。また、ブラジルと日本との間にある音楽の兄弟仁義を感じ取ることが出来たことは、大いなる喜びです。彼らの音楽にサウダージを感じていました。
そして今、再び彼らと音楽を作れてとても満足しています。
日本のファンの皆さんに big hug を。」(訳:velo-3)
* by 笹子 at 3月9日16時48分「速報!レコーディング3日目」
今日は、歌手2人の日です。
まず10時前にジョイス登場。
ヘア・スタイルがショートカットになって、更に若々しいカンジです。
曲は「ショーロクラブ2」に入っている「クジラの午睡」に、パウロ・セザル・ピニェイロが詞をつけてくれた「マリチマ」という曲。
とてもイイ雰囲気に仕上がりました。
続いて11時半に、ギリェルミ・ヂ・ブリート登場。
大学時代に「クアトロ・グランジス・ド・サンバ」というレコードに出会って以来、ブラジルで親しくしてもらい、サンバを共作し、日本公演ではバックを務め、ブラジルでも彼の何度目かの引退記念?公演に出演し・・
と、浅からぬ御縁のある彼と、こういう形で共演できたことには、さすがに感無量でした。
午後にはスザーノがやってきて、パーカッションの重ねを3曲。
ところでついに事件発生!
沢田穣治がスタジオのドアに手をぶつけて、突き指してしまいました。
明日最後のスザーノ&ジャキスとの対決があるのに、どうなってしまうのであろうか?(何でこのおっさんばかりいつもヘンなことが起きるのか?
皆の心配をよそに、ビデオは撮りまくるわ、スザーノと一緒に***は+++するわ、いったいこのおっさんはホンマに・・・。)
* by 沢田穣治 at 3月9日16時23分 「ついに事件発生!」
今日は、なんと、つきゆびをしまして、少し大変でしたが、でも大丈夫です。
(またやりやがった、BY 秋岡)
* by JOYCE at 3月9日12時02分
aos amigos do Japao, fans do Choro Club,
quero dizer mais uma vez da minha alegria em participar de um novo trabalho
deste grupo taotalentoso. Paz e musica para todos voces!
Joyce
ジョイス
「日本の友人の皆さん、ショーロ・クラブファンの皆さん、この才能溢れる
グループの新しいアルバムレコーデイングに参加できる喜びを再び皆さん
にお伝えしたいと思います。ピース&ミュージック・フォー・エブリバデ
イ!」(訳:秋岡欧)
* by Guilherme de Brito at 3月9日15時28分
Meus amigos Japoneses,
que saudade,
foi ai que eu deixei meu coracao...
我が日本の友よ。
何と懐かしいことか、
私の心はまだ、あなた達のもとに残されたままだ・・・
ギリェルミ・ヂ・ブリート (訳:秋岡欧)
* by 城戸夕果 at 3月9日23時12分 「ベルギーの過食者より」
ささじー!おうさん!じょーじさん!
良い音、楽しみです!!出来上がったら聴かせてねーっ♪
JOYCE姉ぇや、みんなによろしくっ!!!
城戸は、今日、ベルギーにてフェジョン・パーティーを催しました。
寒いトコロでカッコム、フェジョンもなかなかよん!
はやくみんな、あそびにきてね!!
<解説>遠くからの仲間の声援、ウレシイですね。でも城戸さん、初めて私にくれた ベルギーからの便りも、こんなオイシイもの食べてます、みたいな、写真付きのメー ルだったし、なんか、“ここにも「勝ち組」がいる”ってカンジ。
* by 笹子 at 3月10日16時27分「速報!レコーディング4日目」
昨日の夜、ブラジル側のオフィス「デッキ・プロ」の歓迎パーティーがありました。参加者がスゴイ。ジャキス&パウラ・モレレンバウン、ジョイス&トゥチ・モレーノ夫妻、ジョアン・ドナート、パウロ・ジョビン、ペドロ・アモリン、エヂ・モッタ!、吉田和雄さん・・・。
で、今日のレコーディングですが、朝イチでカルロス・マルタ、スザーノとの格闘セッション、ついでジャキス、スザーノとの、おととい練習した、やはりご無体系?作品の格闘セッション。余勢を駆って初日にスザーノに来てもらって録ったジャコー・ド・バンドリン作品を録りなおし。昼食前にすべて終え、めでたくショーロクラブ3人の録りの部分は終了、しました。
思った以上にすんなりきていますが、内容はなかなか濃いものになりそう
です。乞うご期待!
明日は弦楽カルテットとかぶせ、そして編集作業に入ります。
<解説>前回のレコーディングでコンビネーションが出来ている我々とジャキス、ス ザーノ、マルタにとって、この種の格闘技系セッションはお手のもの、というか、ひ とつのアトラクションみたいなもので、本番でピタッと合わせることができた時の爽 快さは、ちょっと言葉では表せないものがあります。2曲目のレコーディングを見物 していたマルタが一言。「何ちゅう曲を作るヤツだ!」だって(沢田作品)。セッシ ョンが終わって記念写真を撮る段になって、ジャキスがぽつりと「あ、オレ去年写真 を撮った時と同じシャツだ・・。」、と言いつつマルタを見ると、彼も去年と同じ服 を・・。ブラジルの一流ミュージシャンも結構貧乏らしい。
* by Carlos Malta at 3月10日12時15分
alo pessoal
que prazer tocar de novo com o choroclub!!!
e lindo ouvir e interpretar essa muscia cheia de brasilidade e
balanco!
desejo muito sucesso pra eles ,Sawada,Sassago e Akioka
ate ja, aqui ou lano Rio ou no Japao
Carlos Malta
カルロス・マルタ
「やあ、みんな。
再びショーロクラブと共演できて、とても嬉しく思います。
ブラジリダーヂとバランソに溢れた(彼らの)音楽を聴き、演奏するのは、とても快いことです。
彼ら、沢田、笹子、秋岡の大成功を祈ってやみません。
また会いましょう、リオでも、日本でも。」
カルロス・マルタ(訳: velo-3)
<解説> この日あたりから「負け組」2名は本格的に「負け」状態に突入。ひとつ には一応レコーディングに目処が立ち、気が弛んだところで、胃袋の方もがたがたと 態勢を崩してしまったような。昼飯も殆ど食べず夜も抜くと言っている「負け組」を 残して、秋岡、笹子、velo-3氏の3人はペドロ・アモリンに会いに、彼の指定するヴ ィラ・イザベル(ノエル・ホーザの本拠地として知られるリオ北部の地区 )にある 北東部料理屋に向かいました。これがまたスーパーヘビー級の料理で、しかも料理を 盛る皿が「下げ底」で、いくら食べても底から料理が盛り上がってくるような、大変 なシロモノだったのですが、もう「勝ち」に入っている我々には何ということもな い。特に笹子に至っては、死ぬ程甘いジャッカのコンポートまできっちり平らげ、余 裕で帰ってきたのです。
* by 笹子 at 3月11日15時06分「速報!レコーディング5日目」
10時スタート。今日は弦楽カルテットのかぶせの日です。メンバーはジャキスのチェロを中心に、カエターノのCDを始め多くの作品で名前をみかける人達です。笹子作品2曲と沢田作品へのかぶせも12時には終了、すべての録音が終わってしまいました。
午後からはトラックダウンに入ります。
ところで、瀕死の食い物ホームシックにかかり、毎日「うどん・・」と呻いている 沢田さんに、日本から下記のような暖かい励ましのお言葉をいただきました。本当 に、ファンとは有り難いものですね。
* by 7万 at 3月13日04時48分「うどん!」
老衰のおっさん。こんにちわ。
今日のわしのお昼ご飯は、鍋焼きうどん(もち入り)でした。ははは、いいだろー!
でも、スザーノと***を+++もうらやましいー。
まあ、これ以上怪我したり、大事なもの落としたりしないで下さいね。
それでは、またブラジルからの楽しい書き込み待っています。
[3/12、夜、笹子とvelo-3氏はチアトロ・ヒバウにバランサのコンサートを観に行 く。バランサとベッチ・カルヴァーリョが並んで立っている「絵」はなかなかの見物 だったが、お客さんが好意的であることも印象深かった。ところで、他の3人は、つ いにホテル近くの日本食レストラン「ことぶき」に突入。実はこの店、店構えが大変 に怪しく、去年から「絶対にヤバイから入るな」と言い合っていた店でなのである。 ところが入ってビックリ。店員は全員ブラジル人であるにもかかわらず、味はちゃん としている、店員の物腰も完全に日本風に教育されている、という、大変優良な店で あることが判明。「負け組」一晩で完全復活、だったそうな。]
* by 笹子 at 3月14日11時07分
トラックダウン作業も進み、今日3曲、明日1曲ですべて終わります。
話は既に「曲順」に移りつつあり、ジャキスも交えて昨日あたりから、つかみ合いのケンカが始まっております。
<解説>1曲ずつ曲名(まだ仮の名ですが)を書いたフダをテーブルの上に置いてお くと、皆が自分の思っている曲順にそれを並べかえます。皆それぞれに主張があり、 微妙に意見がずれていて、最後はジャキスがそれをぐちゃぐちゃにして放り投げてし まって、1日の「バトル」が終わりました。さて、夕食ですが、「負け組」に敬意を 表して、もう一度「ことぶき」に、今度は皆で行きました。沢田ニッコリのメニュー が続いたのですが、調子に乗ってデザートに「アイスクリームのテンプラ」をたのん だところ、直径15センチ位の半球状の、チョコレートペーストのベットリついた巨 大なものが登場。目を白黒させつつ、沢田一言。「ブ、ブラジルが牙をむく・・・」
* by OH at 3月14日11時21分「すごく小さなこと」
そういえば、ブラジルの携帯はスタジオの中だろうがなんだろうがよく通じる、きっと日本より電波が強いのだろう、と思っていたのですが・・・
否!
これはもしかして建物に鉄骨が入っていないせい?だったりするのだろう
か・・・。まだまだクソ暑いリオ、ちょっとだけすずしくなりましたとさ。
失礼!!
* by ジョルジュ at 3月14日17時01分「おっさんです」
7万さん
おっさんおっさんといわないで下さい。
上品な書き込みお願いします。
健康状態はいたって上々です。
* by 秋岡 at 3月15日15時31分
伯食大食い魔王軍団と和食恋慕衰弱組の板挟みのかわいそうな私ではありますが、昨夜はついに嫌がる伯食大魔王をねじふせ、全員で日本食屋へ・・・。
でもやっぱりいまいち調子の上がらぬS社M氏を後目に、突然和食大食い大魔王と化したジョルジュ氏。要はただのわがまま・・・といまさらながら再認識する我が身の愚かさよ。ハラも身のうちだぞ、おっさんたち!!
* by 笹子 at 3月15日15時09分「レコーディング終了ちょっと前」
今昼休みなのですが、最後の1曲の最後のパートのトラックダウンを残すのみとなりました。
今回のレコーディングは、前回が「毎日がお祭り」のようなレコーディングだったのに比べて、大変落ち着いてじっくりと取り組むことができたように思います。特にジャキスの存在がとても大きく、皆安心しきって音楽に集中することができたような・・。ともかく良い作品に仕上がったと思いますので、リリースをお楽しみに、お待ち下さい。
それと、皆さんご期待の「事件」は、今回沢田さんの「突き指」以外には特になく、エピソードの中心がひたすら「食」にあったのが、今回のレコーディングのもう一つの特徴だったかも。
* by VELO-3@RIO at 3月15日23時13分
「またも食い物 本日の消化器系統株価」
レコーディングが終わって、ディナーはバーハの海岸沿いのオープンテラスでシーフード。で、各人の消化器の株式市況は、と言いますと・・・
おっさん/昨日和食で復活も、本日再び急落。明日はストップ安?
S社M氏/長期低迷を脱し、上昇の気配。
OH氏/市況にまったく左右されず、つねに安定。
S氏ほか1名/連日ストップ高。しかしバブル崩壊が怖い・・
[3/17、夕方、負け組2名と秋岡、笹子でコパカバーナの和食レストラン「あずみ」 へ。ここは95年のツアーの時にも何度か来たことのある店で、畳もある本格的な日本 料理屋である。もう「胃袋の中に日の丸が立っている(ソニーM氏)」状態の二人に とっては、最高の店で、堪能した模様。最後にM氏の感想。「店の人全員を一人ずつ 抱き締めたい。」
夜、マウリシオ・カヒーリョに新譜を聞かせに、彼の家に行く。ショーロクラブの 活動を一番初めから知っている彼の感想は、いつも我々にとって興味深いものなのだ が、今回、今までとは段違いに真剣に聞いてくれた。全てを聞き終わってもまだ深刻 な顔をしている。感想は、と聞くと、「前作よりもずっといい。曲も演奏も素晴らし いが、例えそうでなくとも、このギリェルミのテイクだけでも、値千金だ。彼はブラ ジル音楽にとって最も重要な“生き残り”であるにも拘わらず、殆ど忘れられてしま っている。そんな彼の、こんなに美しいテイクを残してくれただけでも、凄いことだ ・・」と、ここまではよかったのだが、後がいけない。「外国人のお前らがブラジル 音楽をこんなに理解し、大事にしてくれているのに、最近の***(有名なブラジル 人ミュージシャン)や○○○(大変有名なブラジル人ミュージシャン)は何だ!アメ リカの音楽のマネばっかしやがって!ブラジルは貧乏な国だけど、音楽だけは世界一 豊かなんだ。それを忘れて、何がヒップホップだ、バカヤロー!」と、“ナベツネ” と化してしまった。ブラジル音楽の伝統を発掘し続け、守り育て続けている彼にとっ て、安易に「インターナショナル化」してブラジル音楽が本来持つ豊かさをないがし ろにし勝ちな最近のブラジル音楽界の傾向には、許しがたいものがあるようだ。確か に、かつてない程に商業化・国際化がすすんでいるブラジル音楽界が、今までと同様 「取り込んでブラジル化する」だけの余裕を持ち続けることができるか、ということ には、一抹の不安があろう。伝統音楽の最前線で戦い続けている彼の気持ちは、よく わかる。ハイ、ハイ、と、しばらくお怒りの言葉を聞きつつも、何でオレがそのこと で怒られにゃならんのよ、と、笹子は思うのであった。]
[3/18、ギリェルミのお宅に招待され、秋岡、笹子、ソニーM氏3名でうかがう。大体 世界的に“おばあさん”は若い客に沢山食べさせたがるものであるので、「胃袋要 員」としてペドロ・アモリンを誘ったのだが、当日朝電話がかかってきて、おなかを コワしたので行けない、とのこと。しょうがなしに、自爆覚悟で三人で乗り込む。ギ リェルミに先日の録音のCDーRを渡したら、さっそく「聞かせてくれ」。終わったら 「もう一回」。また終わったら「もう一回」で、10回位続けて聞いてくれた。気に入 ってくれてウレシイ。で、食事だが、やはり凄いことになった。奥さんのドナ・ネー ナさん、パスタ、肉、ゴハン、野菜、肉、揚げ物、出してくれる出してくれる、それ も大量に。ソニーM氏をちらりと見ると、修行僧のような顔をして口を動かしてい る。「勝ち組」としても負けるわけにいかず、ガンバった。やあ、大分食べたな、と 思って目を皿から一瞬離すと、ギリェルミがもうパスタを山盛りに盛ってくれてい る。もうダメです。食べられません、と、ついにギブアップ宣言。流石の笹子も、つ いに初黒星を喫してしまったのであった。帰り道、「ボク、がんばりましたよね」と 同意を求めるM氏の目は、こころなしか潤んでいた。]
[3/19、フォルタレーザに移動。ジョゼ・ピニェイロと再会。今回のフォルタレーザ でのコンサートの実現は、ひとえに彼のおかげ。海の見える広くてキレイなホテルの 部屋でジョゼの奥さんのユミさんが作ってくれた炊き込みゴハンを囲んだ時には、皆 リオでの“苦労”を忘れ、一気にハイに。夜、地元のホーダ・ヂ・ショーロに呼ばれ る。始めは普通のホーダ・ヂ・ショーロだったのだが、サンフォーナ奏者が入ってき たあたりから地方色豊かに。フォホーやフレヴォのメドレーが続き、最後は皆で大合 唱。楽しい会であった。]
[3/20、朝、ハイになったハズのソニーM氏が、浮かない顔をして降りてきた。聞く と、夜中に沢田が夢枕に立ち、彼の耳もとで「呪われとるで・・」と囁いたところで ビックリして目が覚め、それから寝られなくなったとか。沢田といえば、昨日のホー ダ・ヂ・ショーロで我々は他の客の好奇の目にさらされた訳だが、彼等の結論とし て、秋岡=素敵、沢田=ファッショナブル、ということになった由。先日マウリシオに 新録を聞かせた時、マウリシオが「この録音の沢田の演奏は、大変トラディショナル である」(つまり“沢田らしさが出ている”ということをふざけて言っただけなんだ けど)と言ったことも含め、沢田=トラディショナル&ファッショナブル、と決定。
午後、新聞社二社をまわって取材を受けてから、在住日本人Mさん宅をお借りして ジョゼを交えてのリハ。その後2つのテレビのインタビュー撮り。特にTVグローボの 方のインタビューは明日昼のニュース枠での放映、とのことで、重要。このテのイン タビューにはよくあることだが、インタビュアーの音楽や文化に対する無知、無理解 は目に余ることが多い。特に我々の場合、ブラジルの伝統的音楽のショーロをグルー プ名に冠しているので、ショーロそのものに対する偏見、及び“そのショーロをやっ ている外国人”という偏見という、二重の偏見にさらされる。この日もそういう方向 でインタビュアーが向かってきたのだが、ここで秋岡大活躍。文化交流の何たるかを 詢詢と説き、つまり我々は日本の音楽をやっているのであーる!と宣言、ハナシをい きなり高次元に引き上げて、インタビュアーをケムにまいてしまった。要領を得ない 顔をしているインタビュアーの最後の問、で、あなた達の音楽は日本の音楽なんです か?に対して、「我々の音楽である。我々は日本人であり、従って日本の音楽なので ある!」。ホントにぃ?なおも疑わし気な彼女に対して、「だぶんね・」だって。]
[3/21, いよいよコンサート当日。ショーロクラブはこれまで92年と95年にブラジル でライブを行っているが、92年はとにかく無我夢中で全力でぶつかったコンサート、 95年はバンドとしてのボルテージの低い時期だったこともあり、ちょっと欲求不満の 残るコンサートであった。今回はバンドとして充実している時でもあり、観客をこち らのペースに引きずり込み、注文どおりに料理できるかどうか、という部分に、自分 達自身、興味を持って臨んでいる。ひとつだけ気掛かりだったのは、余り静かなサウ ンドの曲をやると、リズミカルなサウンドの好きなブラジルのお客さんはざわざわし てしまわないか、という点。でも、そうなってもそれもまた良し、という、結構ラフ な気分もある。まあ、余裕があった訳だ。会場の「セントロ・ドラガォン・ド・マー ル」は、多くの建物を擁する、旧市街の一区画全てに広がる、フォルタレーザの文化 の中心。我々のコンサートはその中のホールのひとつで行われる。
さて、本番。いきなり超静かな「ドーラ」から入る。客席も波を打ったように静か。そのままメドレーのような形でこちらのオリジナル「マルテロ・マルフェイト」につ なぎ、最後の盛り上がりから急降下のエンディングを弾き放ったとたん、割れんばか りの拍手。ア、イタダキ、と、思った。あとはもう完全にこちらのペース。秋岡の 「しゃべり」も快調で、「今度ブラジルに来る時は、リオじゃなくて直接フォルタレ ーザに来るヨ」等とイイカゲンなことを言って、お客さんを喜ばせている。ジョゼの コーナーの4曲(彼にとっても、フォルタレーザでのデビューコンサート)や「てぃ んさぐぬ花」のようなものも含め、最後まで場の緊張感を維持したまま、コンサート を終えることができた。打ち上げでの、このコンサートのプロデューサーにしてフォ ルタレーザの音楽文化のリーダーの一人でもあるマエストラ・イザイーラ女史の「今 まで観たコンサートの中でも最高のもののひとつ」という感想は、我々にとっても 「最高」のプレゼントになった。「必ずあなたがたはここに戻って来ますよ」と言っ てくれたイザイーラ女史の言葉を、我々もまた信じたいと思う。]
* by ????????? at 4月6日(金)03時59分「Choro Club no Dragao do Mar」
O CHORO CLUB CHEGOU COM A CHUVA
O Choro Club chegou em Fortaleza no dia 19-03, dia de Sao Jose, o
padroeiro do Estado do Ceara. A data em homenagem ao santo eh
importante para os agricultores que vivem nessa terra seca, porque
eles consideram a ultima esperanca de uma boa estacao das chuvas,
que vai de fevereiro a maio de cada ano. Quando chove ate o dia 19
eh sinal de que as plantacoes darao boas colheitas e, caso nao
haja quaisquer precipitacoes ate esse dia, o ano sera de seca.
Coincidencia ou nao, de la para ca tem chovido muito (quem quiser
a explicacao cientifica me mande um e-mail HA HA HA!).
Foram tres dias de encontros com os musicos, o artesanato e a boa
comida da terra (com direito a caldinho de peixe e pinga da boa).
Os verdes mares do oceano atlantico fizeram o fundo de palco.
Para coroar a longa viagem, que comecou com a gravacao do novo cd
(maravilhoso!) no Rio, fizemos um show no novo Centro Cultural
Dragao do Mar. O espetaculo foi memoravel: o teatro quase lotado
(apesar do pouquissimo tempo para divulgacao), os musicos
inspirados e afinados com a plateia, o repertorio bonito e bem
executado, os aplausos calorosos desde o inicio do show. Foi um
show emocionante, o qual eu tive o prazer de produzir e ate
cantar. O Choro Club certamente encantou a plateia presente
naquela noite. Ficou a saudade e a vontade de reve-los
brevemente...
Um abraco aos fas do Choro Club. Que 2001 seja um ano de boas
colheitas.
Jose Pinheiro
Fortaleza, 5 de abril de 2001.
「ショーロクラブ、雨と共に現る」
ショーロクラブは3月19日にフォルタレーザにやって来ました。それはセアラー州の守護者、聖ジョゼの日です。
この聖人を讃える日は乾燥した大地に生きる農民達にとって、とても大切な日です。なぜなら彼らはこの日に、毎年2月から5月に訪れる恵みの雨の季節の最後の希望を託しているからです。
19日までに雨が降れば豊作の印、降らなければ干ばつとなる、というわけです。
それとこれとが関係してかどうか、その日以来、あちこちで雨、雨、雨・・・。(科学的説明をお望みのかたは、ご連絡を。ハハハ!)
それは、音楽家達とこの地のアート、そして素晴らしい食べ物とが出会った3日間でした(勿論傍らにはとびきりのカルヂーニョ・ヂ・ペイシェ=魚のスープとピンガが)。舞台の背景には大西洋の緑の海原が広がっていました。
リオでの新作CDのレコーディング(何と素晴らしい!)に始まった彼らの長い旅の締めくくりに、私達は新装した「ドラガォン・ド・マール文化センター」でのショーを行いました。
それは記憶にとどまるべき光景でした。(ほとんど宣伝の時間がなかったにもかかわらず)ほぼ満席となった会場。観客にインスパイアされ、彼らと一体となったミュージシャン達、美しい曲と素晴らしい演奏、ショーの序盤からの観客の熱い拍手。
それは感動的なショーでした。そしてこのショーを企画し、共に歌えたことを嬉しく思います。ショーロクラブは、あの晩そこに詰めかけた観客を完全に魅了したのです。後には、サウダーヂと、彼らにまた、すぐに会いたい、という強い想いが残されました・・・。
ショーロクラブのファンの皆様へ抱擁を。
2001年が豊作の年でありますように!
ジョゼ・ピニェイロ
2001年4月5日、フォルタレーザにて
(翻訳:秋岡欧)
訳者注1;お魚スープにピンガ、ホントにウマイ!!
訳者注2;雨男も所変われば人のため・・・。
〜新聞記事、O GLOBO, O POVO, GIARIO DO NORDESTE より〜
{O GLOBO紙 3/17}
「ブラジルらしさを失うことなく日本的アクセントを得たサンバとショーロ」
(BBSにこの記事の全訳を投稿していただいた中村さんの承諾を得て、本文を掲載し ます。なお、この記事は中原仁さんの活動内容を中心に、ショーロクラブのレコーデ ィングについてもオーバーラップさせているというもので、本稿では、記事中、ショ ーロクラブに関わりのある部分についてのみ、掲載させていただきます。笹子)
ー前半略ー
更にいえば、最近は、ブラジル音楽を買って楽しむだけでなく、サンバ、ショーロ、 ボサ・ノヴァ音楽を自ら作る日本人も現れている。ヒヴァウ劇場での「バランサ・マ ス・ナン・カイ」、そしてバッハ・ダ・チジュッカのスタジオにおける「ショーロ・ クラブ」の素晴しい3人による新譜録音など、先週リオの舞台で示されたものが、そ の証しかもしれない。
中原氏がディレクターとなり、チェリストのジャッキス・モレレンバウム氏が音楽 プロデュースを務めたこのCDは、前作のアルバム「ブラジリアーナ」同様、日本の ソニーで発売されるが、発売予定日は、残念ながら 現時点では未定。ショーロ・ク ラブのメンバーである秋岡欧(バンドリン)、笹子重治(ギター)、沢田穣治(ベー ス)の3名は、「アルヴォラーダ」(ジャコー・ド・バンドリン)、「カンサン・パ ラ・コンセルヴァトリア」(チト・マディ及びギリェルミ・ジ・ブリート)の二作を 除き、すべてショーロ・クラブの自作をもって、この分野でのオリジナルの貢献を差 し出している。ところどころで東洋の色彩も感じられる一方、ショーロやサンバ、更 にその他の日本人作によるブラジル的調べの性格を崩すことなく演奏されている。
メンバーのうち2人は、ブラジルとの交流経験も長い。バンドリンの秋岡氏は、東 京の大学で80年代にポルトガル語を学び、ジュイーズ・ジ・フォーラにも1年間在 住した。ギターの笹子氏は、87年から88年にかけて、マウリシオ・カヒーリョ氏 の家に寄宿し、同氏及びジョアン・ジ・アキーノ氏にギターを師事している。(これ は全くの事実誤認。この2人とは酒・音楽は共にしていたが、彼等からギターを直接 学んだことは一度もない。笹子)
中原氏によれば、「笹子・秋岡の両名は、帰国後他のミュージシャンとともショー ロ・クラブを結成。当初は古典的なショーロのみを演奏するという典型的編成による ショーログループであった」が、「その後、デュオでの活動に戻り、ベーシストでサ ウンドトラックのコンポーザーとしても活動していた沢田氏と出逢うこととなる。そ の頃、沢田氏はジャズ出身で、まだブラジル音楽に詳しくはなかった。」という。8 枚目となる今回のアルバムは、まだタイトルが決まっていないが、モレレンバウム氏 との関係が緊密なものとなっている。モレレンバウム氏は、作曲家兼ピアニストの坂 本龍一氏との仕事のお陰で日本でもよく知られているブラジル人演奏家であり、ショ ーロ・クラブの前作のアルバム中、「トリーリャス」と「チェンジャブル・ウェザ ー」の2曲に参加している。
(文:アントニオ・カルロス・ミゲル/翻訳:中村安志さん)
{O POVO紙 3/21}
「細い目をしたショリーニョ・ブラジレイロ」
その第一歩は70年代の末、研究者マルクス・ペレイラのコレクションが日本でリリースされたことに始まる。ギタリスト笹子重治によれば、それは衝撃であった
という。それまで日本の音楽家たちの知るブラジル文化とは即ちボサノヴァであり、それはスタン・ゲッツやハービー・マンといった北米のジャズ・ミュージシャンを通じてもたらされたものだった。そんな地球の裏側で注目を集めたショーロ演奏家やサンビスタたちの音楽。以来、日本にもそうしたスタイルのグループが出現するようになった。このショーロ・クラブというトリオは、そんな中でも今日最も活躍が著しいグループのひとつである。本日20時より、セントロ・ドラガォン・ド・マールのシアターにて、ブラジル人ミュージシャン、ゼ・ピニェイロをゲストに彼らのショーが行われる。
12年前、長年の友であった笹子重治(ギター)と秋岡 欧(バンドリン、カヴァキーニョ、ヴィオラ、ギター)が沢田穣治(コントラバス)と出会いグループを結成して以来、ショーロ・クラブはブラジルのショリーニョの再読を出発点に、独自の表現を発展させることを目指している。「僕達はショーロの持つ感性が好きなんです。でもその影響を受けながらも、僕ら自身の音楽を創ろうとしているんです。」と笹子は指摘する。つまりこのトリオはオーソドックスなショーロのグループではない。そのことは、トラディショナルなショーロのフォーマットとは異なる編成からも見て取れるだろう。
二作のブラジル録音を含む過去7枚のアルバムに続く新作のレコーディングの為にショーロ・クラブは再びブラジルに戻って来た。今年の初頭から行われたこのレコーディングは、ジャキス・モレレンバウンがプロデュースを担当、スペシャル・ゲストとしてマルコス・スザーノが参加している。「彼らのような音楽家がいるからこそ、ブラジルまでレコーディングに来たんです。スザーノやモレレンバウンとアルバムが作りたかったから。」しかしまた彼らは、ブラジルのスタジオのほうがコストがかからないこと、またさらには、ブラジル料理についてまで言及する。「ブラジルで良い音楽を創るには、やっぱりオレらも土地のモノを食べなくちゃ。」と冗談めかすのである。
ショーロ・クラブの今回のブラジル訪問を機に、彼らの友人であるブラジル人ミュージシャン、ゼ・ピニェイロは、移り住んで1年になるフォルタレーザに彼らを招き、滞在中一度限りのコンサートを行おうと決意した。二度に渡って(1978-81,85-95)日本での長期生活経験のあるゼ・ピニェイロは、1978年以来日本文化との交流活動を続けてきている。笹子、秋岡も参加する日伯混成グループ、ボトの活動で、ノルデスチのリズムを演奏してきた。フォルタレーザに住んで一年、ゼ・ピニェイロは今も年に一度のツアーを行い、日本にブラジル文化を紹介し続けている。
{DIARIO DO NORDESTE紙 3/21}
「ドラガォン・ド・マールで日本人のショリーニョ」
日本人がショーロを演奏するなどと、誰が想像しただろうか。そう、それぞれに異なる、独自の方向性を持つ才能豊かな三人の日本人音楽家が、ブラジルの、特にショリーニョの影響を受けたレパートリーによって、地球の裏側で成功を収めているのだ。ショーロ・クラブと名付けられたこのグループは、カテゴライズの難しい音楽性を持つ。それは、ブラジル音楽との共通点を維持しながらも非常にオリジナルなものだ。ショーロ・クラブは、ソニー・ミュージックによるニューアルバムのリオ・デ・ジャネイロ・レコーディングのためにブラジルに来ている。そしてこの渡伯中たった一度限りのショーが、本日20時よりセントロ・ドラガォン・ド・マールにおいて、プロジェクト“クアルタ・コン・ムジカ・セアレンセーオ・セアラ・コンヴィーダ(セアラ音楽の水曜日ーセアラの招待)”の一環として行われる。
グループを構成するのは、沢田穣治(コントラバス)、秋岡 欧(バンドリン、ギター、ヴィオラ、カヴァキーニョ)、そしてリーダーでありパウリーニョ・ダ・ヴィオーラなどとの共演歴もある笹子重治(ギター)。フォルタレーザのショーには、特別ゲストとして、ショーロ・クラブの仲間であり、伝統音楽か
らMPBまで、ブラジル音楽の豊かな多様性をもとに、すでに日本中のフェスティバルで数々のショーを行ってきたゼ・ピニェイロが出演する。
ショーロ・クラブがセントロ・クルトゥラル・ドラガォン・ド・マールで行うショーはおよそ1時間20分。今日のために用意されたレパートリーの半数以上は彼ら自身によるオリジナル作品である。「ある人は僕らの音楽がとてもブラジルのショリーニョと似ていると思うかも知れないし、そんなことは全然感じない人もいるかもしれない。全くそれでいいんです。大事なのは、僕達の音楽をみんなが気に入ってくれることだから。」と笹子は言う。この日本のグループの音楽を、ある種「禅のショーロ」と考える評論家たちもいる。「それはある静寂を伴う音楽だということで、彼らならではの独特の呼吸感によるものだということでしょう。」とゼ・ピニェイロは説明している。